ふっくらほっぺにぺちゃんこ鼻のおかめ

ふっくらほっぺにぺちゃんこ鼻。おかめは不美人の代名詞とされていますが、どっちかというと男子的にはツンとすましたホッソリ・キツネ系美人よりも、愛嬌のあるポッチャリ・タヌキ顔の方がモテ系だと思いますが、どうですか男子のみなさんは?
京都・上京区の「
千本釈迦堂」はおかめ伝説の発祥のお寺です。
千本釈迦堂は京都で最も古いお寺

千本釈迦堂の正式な名前は大報恩寺。770年前の鎌倉時代初期・1227年に建立された、京都で最も古いお寺です。応仁の乱の戦火もまぬがれた本堂は、国宝にも指定されているんですよ。
千本釈迦堂の名前の由来

なぜ千本釈迦堂と呼ばれているかというと、本堂の釈迦如来像が古来より厚く信仰されていることと、お寺の近くをはしる千本通りからきています。千本通りの名称は平安時代に供養のための千本の卒塔婆(そとば)が道に立てられていたため、または千本の桜が植えられていたからという説がありますがはっきり分かっていません。千本の卒塔婆ってちょっと不気味ですね。
千本釈迦堂のはおかめのお寺

千本釈迦堂に伝わるおかめのエピソードをご紹介しましょう。本堂を建てるにあたって棟梁に任命されたのが長井飛騨守高次という名大工。その高次、間違えて大切な柱の一本を短く切り落としてしまいました。
夫の苦悩に妻がアドバイス

信徒から寄進された貴重な柱。高次の苦悩を見かねた妻のおかめは「柱を全部短く切って、柱の上に斗組(ますぐみ)を乗っければ大丈夫よ」と助言します。
なぜおかめは自害したのか?

妻の機転によって、本堂は無事落成。しかしおかめは突然自害してしまいます。いかに夫の危機を救ったとは言え、女の入れ知恵で建設したとなれば夫の恥になると、上棟式の前日に自らの命を絶ってしまったのです。
かえって大騒ぎになってしまうのでは

正直言って理解不能。いえね「夫の名誉を命を賭けて守る」という当時の倫理観は分かるのですが、自害なんかしちゃったらかえって「妻に助けてもらった夫」という評判を大々的に世間に知らしめる結果になるんじゃないかな。黙ってた方が夫のプライドを保てるような気が。
おかめコレクションが珍なのです

ま、現在では美談として語り継がれてるんですけどね。さて、このお寺がなぜ珍スポットなのかというと「おかめコレクション」が「珍」だからなんです。
ありとあらゆるおかめグッズ

人形、お面、食器などありとあらゆるおかめグッズが集められています。エッチなおかめ像もちらほら。悲劇として伝えられているおかめ伝説ですが、こんなにたくさんのおかめグッズが作られ、由緒あるお寺に奉られているのですから、きっとおかめさんもお墓の下でにっこりしていることでしょう。
でもひょっとして……

でもひょっとして後世語り継がれることを計算しての自殺だったりしたらちょっと怖い。案外ニコニコ男子ウケの良い女子ほどお腹の中できっちり計算してたりなんかすることもありますからね。うーむ。(2006年05月13日訪問)【麻理】
※ほいじんがさん、くらさん、情報ありがとうございました!
おたふくをもっと知るための一冊
 | お多福 バイリンガル版 加藤 エイミー チャールズイータトル出版 2005-06
日本人なら誰でも顔を知っている「お多福」。でもその歴史や意味は意外に知られていません。米国出身の著者が、写真を交えてお多福を解説。 |
【千本釈迦堂(大報恩寺)】千本釈迦堂(大報恩寺)
住所 :京都市上京区七本松通今出川上ル溝前町
電話 :075-461-5973
時間 :09:00〜1:00
休観日:無休
拝観料:霊宝殿・本堂拝観料500円
駐車場:無料(20台)
2006年06月07日
【注】上記の情報は、記事掲載後に変更されている場合があります。お出かけの際は必ず事前に該当のスポットにお問い合わせてご確認ください。現在の情報については当ブログ管理人はお答えすることができません。万が一上記の情報に基づく不利益が発生した場合も、当ブログでの責任は負いかねます。【
珍スポット観光の注意事項】
卒塔婆で思い出しましたが、こんな物まであるんですネ。
板塔婆(卒塔婆)印刷プリンタ
http://www.oterasan.jp/html/01_01_otoba.html
なにやらフォントの切り替えも可能なようです。
ということは、丸文字フォントもOKってこと?
はたして丸文字フォントの卒塔婆が立てられていたら、
恐さは半減されるのであろうか?
それとも、かえって無気味さが増すのだろか?(笑)
しかし肝心のコレクションはバリエーションが減ってしまっていて電波半減!アホエロ度が激減です。
よくも無難な人形ばっかりにしたな。
堂々と出さんかい。(-_-;)<寺
麻理さんもっと前に来ていたら良かったのに。もっとたくさんの「カラッと明るいエロ珍人形が楽しく迎えてくれたでしょう。至極残念です。
卒塔婆プリンタ、こんなものまであるんですね。お寺もIT化
してるんだなあとビックリ。丸文字フォントの卒塔婆は可愛いんだか、怖いんだか。私が写真のキャプションに使わせてもらっている、あくあ様のあくあフォントもプリントできるのかしら???
くらさん
コレクション、やっぱり減らしてあったんですね。というのもあちこちネットで調べた評判よりはおとなしめだなあと思ったのですよ。
しまった。もっと早めに訪れておくのだった。バリバリの珍スポットではなかったかも。私も至極残念……。
でも麻理さんにとっては“バリバリの珍スポットではなかった”みたいで、貴重な時間を割いていただいたのにも関わらずご期待に添えなくて大変申し訳ありませんでした。
私も3〜4年前に行って以来ですから・・・・・
珍スポットは縮小、改装、閉鎖、移転(お寺の場合は少ないですが)していくのが常ですものね。
私自身まだまだ未熟者だと改めて実感させられました。これからも修行が必要ですね〜
いえいえ、立派な本堂やおかめの像も拝見し、おかげさまで楽しい体験ができましたよ。情報本当にありがとうございました!
くらさんのおっしゃるように、たぶん最近になっておかめコレクションの中の「珍度の高いおかめ」を展示しなくなってしまったのだと思います。もったいないですね〜。
私の書いた記事の珍スポットもひょっとしたらすでに閉鎖してしまったところもあるかもしれません。ほいじんがさんのコメント通り、珍スポットは閉鎖や縮小も結構多いですね。残念なことです。
時は鎌倉時代。大工の棟梁長井飛騨守高次が本堂造営を任されました。ところが、この高次、本堂完成を祝う「上棟式」を目前に、本堂の親柱の四本の内の一本を短く切り落としてしまったのです。
「しまった。名工と呼ばれたわしも焼きが回ったか。これじゃあ、世間様に申し訳ない。神様、どうか、お力をお貸しください。この本堂が無事完成できるのなら、この命と引き換えても惜しくありません。」
悩む高次に心を痛めるおかめが声をかけた。
「おまえさん、もとにもどらないのなら、他の三本も同じ長さに切って、揃えてしまってはどうだい?」
「そうだ、おかめ。その手があったか。斗組(ますぐみ)を施せばうまくこの場を切り抜けられるぞ。」
高次の柱を短く切るという失態をおかめの機転でなんとか切り抜けることができたのです。
そして、上棟式前日。
「私のでしゃばった行為が神様のご意志に背いているのなら、私はその罰として命を捧げます。どうか明日の上棟式だけはつつがなくとりおこなわれるようお願いいたします。」
仕事から帰ってきた高次は異変に気付いた。
「おかめ、しっかりしろ!」
「もう、心配することはないよ。おまえさん。神様との約束は、私がかわりに守ってやったからさ…。」
おかめはそのまま息をひきとった。
「おかめーー!」
上棟式当日。
高次は、亡き妻「おかめ」の面を御幣つけて飾り冥福と大堂の無事完成を祈りました。
この話は大工達に受け継がれ、江戸時代の半ばに、三条の大工、池永勘兵衛が本堂の脇に「宝筐院塔」 を建立します。それを誰言うことなく「おかめ塚」と呼ぶようになります。この頃から京都では棟上げに際して「おかめ御幣」を飾り祀ることが生まれたのです。
日本人が職人としての名誉をかけて生きていた。夫が職人ならば、その妻も職人。そんな時代の偽りのないまっすぐな夫婦愛があったはずです。
小説「おかめ伝説」面白いですね☆ 夫婦愛の感動物語。歴史の舞台裏を想像してみるのは楽しいです。
日本には穢れの思想があるため、重要な上棟式の前に死や血という最大の穢れを引き起こすおかめの行動は首をひねるところがありますが、贄(にえ)としての自害だとすると分かるような気もします。
賢いおかめさんなので、その後も夫婦二人三脚で生きてほしかったなあと思いました。