昔は良かったと言うけれど……

よく「昔は良かった」って言うじゃないですか。昭和30年代ブームなど、数十年前の「昔」を想定しているんでしょう。でもね、あえて私はこう言いたい「縄文時代は良かった」と。いくらなんでもさかのぼりすぎ? でも
青森県の「
三内丸山(さんないまるやま)遺跡」へ行ったら、あなたもきっとそう思うはずですよ。
縄文時代ってどんな時代?

縄文時代ってどんな時代だと思いますか? 農耕技術もなく、獲物がとれなければ飢えて死ぬ貧しい生活? ボロボロの竪穴式住居に住んで、寒さ暑さに耐える毎日? 縄文時代は遅れた文化、弥生時代は縄文時代よりも発展した文化? ホントに?
日本最大級の縄文集落跡・三内丸山遺跡

三内丸山遺跡は日本最大級の縄文集落跡です。今から約5500年前〜4000年前の縄文の人々が暮らした住居、墓、ゴミ捨て場、道路などが見つかり、今も発掘調査が行われています。
「巨大な食物庫」の中で暮らす縄文人

縄文時代の食生活は実は現在よりもずっと豊かでした。海、山、野原……彼らを取り巻く全ての自然が「巨大な食物庫」。たとえ天候不順である食物が採れなくても、別の食物を探すという採取・狩猟生活です。つまり縄文時代には飢死はありませんでした。農業に頼り切るようになったからこそ、飢饉で死者が出るようになったのです。
豊富な知識、生活の知恵

自然に関する知識も豊富で、一種類の食物を採りすぎないように生態系に気を配っていたそうです。彼らは食物を調達する知恵、自分の手で道具を作る器用さを持っていました。そして生活の知恵を持っている老人が大切にされました。
文化・芸術も発展

朝から晩まで働く農業と違い、狩りを終えた夜は家族で集まって話をしました。力を合わせて大型の高床建物や過ごしやすい縦穴式住居を建てました。遠くの人々との交易もさかんでした。そんなふうに文化・芸術が発展していきました。縄文時代は1万年も続きました。
文明の発展によって失われたもの

農耕文化が広がるにつれ、自然に関する知識が失われ、餓死者が出るようになり、身分・階級制度ができました。文明の発展によっていろんなものが失われました。
ぜひその目で見てほしい遺跡

そびえ立つ大型掘立柱建物を、広々とした大型縦穴住居をどうぞご覧あれ! 復元された建物に入り、遺跡を見学すると、縄文人のテクノロジーとインテリジェンスにゾクゾクします。わたしゃ、現代人ですがとてもこんなもの作れませんって。
地元と密着した発掘調査

この遺跡の素晴らしいところは、地元の人と密着した発掘調査が行われていることです。
公式サイトでは作業員のおばちゃんの体験談を聞くことができます。バリバリの津軽弁。全然聞き取れませんが、遺跡に対する愛は伝わってきます。
ダイナミックかつ太っ腹な青森人

この広々とした敷地に縄文時代を再現してしまう、ダイナミックな「珍」っぷり。しかも見学無料という太っ腹。いやあ、青森ってのはスッゴイ!(2006年06月05日訪問)【麻理】
縄文の珍スポットレポート
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謎の遮光器土偶・しゃこちゃんを追え!【青森】縄文文化をもっと知るための一冊
 | 縄文人の文化力 小林 達雄 新書館 1999-12
縄文文化が1万年も続いたのはなぜなのか。学校で習った歴史観がガラリと変わる興味深い説を展開。こういうの教科書に使ってくんないかな。 |
【三内丸山遺跡】三内丸山遺跡
住所 :青森市新三内字丸山293
電話 :017-781-6078
見学料:無料
休館日:なし(臨時休館あり)
時間 :09:00〜19:00(04月〜10月)
09:00〜17:00(11月〜03月)
駐車場:無料(512台)
関連URL:公式ホームページ 特別史跡「三内丸山遺跡」
2006年07月27日
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珍スポット観光の注意事項】
そういえば、あの「マジンガーZ」のデザインは、縄文式土器からイメージされたということです。(私的には、太陽の塔に比べたらマジンガーZのほうが圧倒的勝利なのですが。)それほど、縄文文化は現代芸術のモチーフになるほど魅力的な文化なのです。平和な時代には芸術が発展するといわれますが、縄文時代は私たちが思っている以上に平和で充実した時代だったんでしょう。
「狩りを終えた夜は家族で集まって話をした」というところに幸せな時代を感じます。きっと、今日の獲物自慢や逃がした獲物の大きさのホラの吹き合いなどして楽しい時間だったに違いありません。狩猟・採取生活から、農耕生活に移行していった理由は米に代表されるうまい食べ物の確保だったのではないでしょうか。食べ物の中で、炊き立てのご飯が一番うまいと思っている私の推測です。
あは。「太陽の塔」も珍スポットですね。「犬のウ○コだ」と言われても、いつか万博記念公園を訪れたい☆
マジンガーZって縄文式土器が元なんですか! 知らなかった! 確かにあの角っぽい部分は縄文式土器そのもの。BLACK_OXさん博識ですね。
縄文文化が遅れた文化に思われてしまう原因の一つとして「残っていない」のが原因かなと。海外の古代文明で石造りの建物は今も残ってますよね。でも縄文時代は木製の建物だからなくなってしまってます。
また口づたえによる物語など高度な精神文化があったとしても、文字で残っていないので消えてしまいました。農耕は当時のハイテクだったのでみなが飛びついたのでしょうが、なくなってしまった文化は惜しいなと思います。
青森には何度か来ましたけど、最後に来た時も遺跡のすぐそばの道を車で通りながら寄れませんでした。
想像していたより広そうなのでまずびっくり。いろいろな建物がありそうですね。縄文時代の雰囲気を感じられそうで(いいなぁ〜)と思いました。
「大型掘立柱建物」っていろんなところにでてくるので「山内丸山古墳」の象徴みたいなとこありますが、「大型竪穴住居」にもびっくりしました。こんな大きな建物も造られてたんですね。
いつかは訪れたいところです、ありがとうございました。
ここは広大でしたよ。この遺跡の規模はまさに日本一と行って良いでしょう。入り口の建物の豪華さにも驚きましたが、緑多い広々とした空間に、竪穴式住居が点在しているのは、縄文時代にタイムスリップしたのかと思うほど。見学でなく、単にお散歩するだけという楽しみ方もある施設でした。