古き良き時代の東京へタイムスリップ
東京都小金井市の「
江戸東京たてもの園」。広大な敷地に江戸時代以降の建物が移築保存されています。大きく分けて郊外地区と下町地区の2ゾーンがあるのですが、今回は下町地区を中心にご紹介しましょう。さあ、古き良き時代の東京へタイムスリップ!
下町がそっくり移築・復元

東側のゾーンには東京の失われつつある下町がそっくり移築・復元されています。夏休みで子どもたちが通りに溢れていて、にぎやかな下町の雰囲気になっています。
お店の脇には生活感溢れる路地

中通りからお店の脇に入ると、生活感溢れる路地があります。この写真の風景に見覚えがある方は「幻想画廊」を見てくださっている読者さんでしょうね。実は「
あやかし」という作品の撮影場所はここでした。
港区・白金にあった小寺醤油店

こちらは「小寺(こでら)醤油店」。大正期から現在の港区・白金で営業していた店です。今ではセレブなシロカネーゼが闊歩する白金ですが、昔はこんなお店があったのね。中はリアルに復元された醤油瓶や缶詰が並んでいますよ。
日本でも最古のお花屋さん・花市生花店

次は「武居三省堂」と「花市生花店」。この2件は神田にあったもので、もともと300メートルほどしか離れていなかったそうです。花市生花店は花屋としては日本でも最古の部類だとか。というのも江戸時代は行商人が花を売り歩いていて、店舗形式になったのは明治の末か大正の始めらしいのです。店内は昭和30年代の再現ですが、建物自体はとても珍しいものです。
オリバンダーのお店のような武居三省堂

隣の武居三省堂は文具店。最初は書道用品の卸をしていて、後に小売店に変わりました。店内の左側は全部引き出しになっていて、それぞれ違う種類の筆が入っていました。まるで『ハリーポッター』に出てくるオリバンダーのお店(魔法の杖のお店)みたい!
一番のお薦め・子宝湯

たてもの園で一番のお薦めは「子宝湯」。都内でも二番目に立派な銭湯ですよ(一番は千住「大黒湯」)。その外観は神社仏閣のような重厚感あふれる造り。
懐かしい銭湯の風景

「子宝湯」の由来は、ここの家が子どもに恵まれたことから命名されたそうです。中は広々とした昔ながらのお風呂屋さん。壁のボンボン時計や板の床の脱衣所。中に入ったお子さん連れのお父さん、お母さんは「懐かしいねえー」と笑っています。
みんなの憧れの番台にも座れる

銭湯の富士山の絵を眺めていると、空の湯船でものんびりゆったりした気持ちになります。もちろん、みんなの憧れの番台にも座ってみましたとも。
まだ完成途中のたてもの園

たてもの園はまだ完成途中。床屋さん、質屋さんなど、お店の御主人が商売をやめたら移築されるという「予約済み」のお店もいくつかあるんですって。廃業は残念な気もするけど、壊しちゃうよりはここで仲間の建物たちと並んでいた方が寂しくないですね。(2006年08月27日訪問)【麻理】
「レトロな建物」に関する珍スポットレポート
虫に関するトリビア満載「名和昆虫博物館」【岐阜】
モボ・モガになれる……か?「日本大正村」【岐阜】
デジャブを感じる博物館「三重県立博物館」【三重】
気分は少年探偵団「水の塔公園・野方配水塔」【東京】
心癒されるなつかしの風景「日本昭和村」【岐阜】
文化祭テイスト「テプコ浅草館」【東京】江戸東京たてもの園をもっと知るための一冊
 | 東京たてもの伝説 森 まゆみ 藤森 照信 岩波書店 1996-08 建物探偵・藤森照信先生と作家・森まゆみ氏が歴史的な建物を訪ね歩き、解説した本。江戸東京たてもの園を楽しむためのガイドとしてもどうぞ。 |
【江戸東京たてもの園】江戸東京たてもの園
住所 :東京都小金井市桜町3-7-1
電話 :042-388-3300
時間 :09:00〜17:30(04月〜09月)
9:30〜16:30(10月〜03月)
休館日:月曜 祝日の場合は翌日休
入場料:大人400円
駐車場:有料(700台)
関連URL:江戸東京たてもの園
2006年09月14日
【注】上記の情報は、記事掲載後に変更されている場合があります。お出かけの際は必ず事前に該当のスポットにお問い合わせてご確認ください。現在の情報については当ブログ管理人はお答えすることができません。万が一上記の情報に基づく不利益が発生した場合も、当ブログでの責任は負いかねます。【
珍スポット観光の注意事項】
子宝湯の外見は僕が子供のころ通っていた銭湯によく似ていてびっくり。下町ではなくて中野区でしたが。でも銭湯の多くはあのような面構えだったような記憶が。湯上がりに定番のコーヒー牛乳が飲みたくて、だだをこねたこともありました。その同じ銭湯でモーター付きの潜水艦をなくしたこともあったっけ。あれはどこへ行ってしまったのでしょうか。(年がばれちゃいそう)お正月などに田舎(と言っても葛飾区ですが)に行った時も、家にお風呂があるのに、親戚のおじさんや従兄弟たちとよく銭湯にいったものです。
土管が置いてある広場で遊んだ記憶もあるのです。あの頃は自分達でいろんな遊びを考え出して、暗くなるまで走り回っていたっけ。もうそんな空間はないのでしょうね。しかし今はどうしてどこにも出かけないのでしょうか?
うわ、昭和ノスタルジーにどっぷり浸かってる。また「夕焼けの詩」をひっぱり出してこよう。そしてあの頃の自分を探しに「江戸東京たてもの園」へ行ってみたいと思います。
本当は下町をその土地のまま保存できることが理想なのですが、地価の高騰や建物保存の費用など難しいところがありますので、壊されてしまうよりは、ここに移築・保存されてゆくと良いなあと思います。
くろこさんは銭湯体験があるのですね。今後はますます「銭湯って何?」という人が増えていくのでしょう。
ほんの数十年前の日本が失われるのはもったいないことです。ドラえもんに出てくる空き地や土管さえもうあまり見かけません。
このたてもの園では、ベーゴマや竹馬など懐かしい遊びをスタッフの方が子どもに教えていたりして、有意義なプロジェクトだと思いました。
「武居三省堂」や「花市生花店」は「看板建築」ですね。
私が子どもの頃に住んでいた家も「看板建築」でした。ここにある建物も私の住んでいた家もみんな戦争で焼けなかったから古いまま残ってました。そういう意味で下町の一部の街区は貴重な存在だったのかなあと思ってます。街並のイメージで言うと「ALWAYS 三丁目の夕日」の表通りのような感じです。
(最近レンタルで観て、不覚にも涙しました。笑)
今から16〜7年前のバブルの頃にこうした建物のほとんどは地上げとともに消えました。都心の商業地は防火地区に指定されているので「江戸東京たてもの園」にあるような木造の建物はこうしたところで保存されない限り、ただ消えていくのを待つのみです。
私、ここで将来誰からも老人と見られるようになったらやりたいことがあるんですよ...それは「住人」になること。
ここでは「住人」のボランティアを毎年募集してるのですが(本当に寝泊まりするわけじゃないよ)、本当に住んでいる人のような雰囲気だして来た人に説明したり、イベントの企画したり...元「下町」に住んでいたから喋りなんか、なりきりますぜ(笑)。てやんでい、べらぼうめ、おととい来やがれってんだ(こんなこと言ったらクビだわ、笑)
いやあ、でも考えるだけで楽しい。
あ〜、それから麻理さんが入ったことのない銭湯、私はよく入りますよ、一人旅の時に。
子どもと同じで車で走るだけ走ったら、そこが寝床みたいな行動してしまうので、いつも日が暮れると適当に銭湯さがして入ります。
つかの間の地元感覚を味わうのもなかなかおつなものです。コーヒー牛乳は飲まないけど(笑)。
なんと看板建築の家にお住まいだったとは。そんな看板建築もどんどん全国でなくなっているのでしょうね。残念……。
たてもの園がボランティアで住人を募集していることは知りませんでした。面白い試みですね。愛知県の明治村にも、まるでそこに住みついているかのような、カイゼル髭のガイドさんが人気だったりしますが、モアイ像さんならきっとチャキチャキの人気江戸っ子ガイドさんになりそうですね。
なるほど、旅行先で銭湯に入るというのは楽しそう。今度試してみようかな☆
貴重な建物であるのでしょう。
でも、本当は庶民的な民家の方が下町色が強いのです。
と言うのも、実は私、生まれも育ちもチャキチャキの
下町っ子で、麻理さんも乗ったことのある都電沿線の
”町屋”に住んでいます。
この辺は昔からの職人町で、今でも大通りから路地に入ると、
その面影が色濃く残っていたりします。
最近は防災上等の理由で、入り組んだ細い路地の拡張工事
などですこしづつ変わりつつありますが、下町の特徴で
ある、銭湯や質屋もまだあります。
麻理さんは銭湯に通われたことがないということは、
おおよそ昭和40年以降の生まれなのかな?
当時の銭湯はある意味、地域の”社交場”的要素もあった
んです。あと、東京の銭湯経営者(初代)の大半は
富山県出身であることは、ご存じかな?
あー、伝えたいことはまだまだあるのに..。
今度、こちらにいらっしゃることがあれば、
地元の人間でないと知られていない穴場に御案内いたし
ましょう。そして”もんじゃ”(町屋も月島に引けを
とらない位の土地柄だったりする)でも如何?(笑)
食べたことあります?もんじゃ。
民家もあれば、下町がそっくり再現できますね。現在予約中の物件の中にもひょっとしたら入っているのかもしれません。でもまだ移築されていないってことはお家の方がお元気ってことで、なによりなのかな?
地域の社交場としての銭湯。千住あたりが一大銭湯地域だったと『東京たてもの伝説』に書いてありました。今度行ってみようかしら。生まれは40年代以降ですよ。……って昭和40年って41歳じゃないですかっ!
銭湯経営者の大半が富山県出身というのは初耳です。なぜなのかしら。いやあ、勉強になります!
もんじゃは食べたことないのです。以前お好み焼き屋さんで食べ方を教えてもらったことはあるのですが。
昭和50年よりあとの生まれと書くつもりだったんです。
慎んで訂正してお詫び申し上げます。(笑)
追記:銭湯は日銭は入る商売なので、初代の富山出身者は
くすねられない様に親族や同郷者しか雇わなかった
ので、そこから暖簾分け?した所でも同様に
同郷の者しか使わなったからだと聞いてます。
ご参考まで。
いえいえ♪
追記ありがとうございます。なるほどそんないきさつがあったのですね。面白いなあ☆
あわてて隠れて事なきを得たんですが、あの時見つかっていたらどうなっていたことか。自分が男性であることを意識した最初の瞬間だったような気がします。
PS.麻里さんの得意なあのポーズ、あれも人に頼んでとってもらっているんですか? ちょっと恥ずかしい気が……。パラパラ動画は楽しみにしています。
小学校3年生というと9歳ですね。この「子宝湯」では6歳で料金が分かれているので、多分6歳ぐらいが限界なのかな。確かに同級生に出くわすと、びっくり&どっきりしますね。
たてもの園は三脚の持ち込みは禁止なんですよ。でも観光客やスタッフの方がたくさんいらっしゃるので、写真は頼みやすいですよ。あのポーズはやっぱり恥ずかしいデス。もっと普通なポーズにすれば良かったかも……。