戦争についての資料を集めた私設ミュージアム

「日本珍スポット100景」というタイトルながら、当ブログでは「知る人ぞ知るという真面目なスポット」についての記事も人気となっています。ブログをきっかけに訪れる方が増えることを願って、今回は
大分県にある戦争についての資料を集めた私設ミュージアム「
予科練資料館」をご紹介しましょう。
戦争の悲惨さを伝えるために設立

予科練資料館の館長さんは大正15年生まれの川野喜一さんです。元特攻隊員の川野さんは、戦争の悲惨さや兵士として亡くなった若者たちについて人々に伝えるためこの資料館を設立しました。
元特攻隊員の川野さん

川野さんは16歳の時に茨城県土浦海軍航空隊に入隊しました。終戦の8月15日までに4回の神風特別特攻隊が出撃しましたが、川野さんは16日に出撃予定だったためギリギリで命拾いをしたわけです。
戦争を美化しているわけではない

川野さんは戦争や戦死した若者たちを美化するつもりはないとおっしゃいます。しかし「戦争は悪」として歴史を教えず、なかったこととするような今の教育に対して憤りを感じていることや、資料を見て戦争について考えてほしいと願っていることをお話くださいました。
遺品や資料が並べられた館内

館内にはぎっしりと戦争関係の資料や遺品が並べられています。日本国内だけでなく海外からも取材が来ているそうです。川野さんはにこやかに一つ一つの資料を解説してくださいましたが、お話を伺うほど胸が詰まってくるような気がしました。
まだあどけない顔だちの青年たち

天井近くには死ぬために飛行機に乗らなければならなかった特攻隊員の写真が並んでいました。20歳前後のまだあどけない顔だちです。そんなに遠くない昔の日本で、戦死された若者は18,900名(うち特攻戦死2534名)もいたそうです。
壁一面に特攻隊員の遺書

壁に一面特攻隊員の遺書が写真とともに貼られていました。残された家族に宛てたものです。どれも美しい字でしたためられています。「『どうかよく死んでくれた』とそう言ってください」「写真は受け取ったと泣かずにほめてください」「命のあるうちは徹底的に頑張り抜く覚悟でおります」……。
読むのが辛すぎる文面

もうたまらないです。「僕はこんなことで死にたくない、助けて!」と書かれたものがひとつもないのが辛い。これが最後に家族に伝える言葉なんでしょうか。20歳ぐらいなんて人生で最も鮮やかで美しく楽しい時期だろうに。
紛失してしまう遺品・資料

生き残った隊員も現在では高齢化したり亡くなったりしています。遺品や資料が紛失してしまうだけでなく、戦争体験を語る人々が少なくなっているのが非常に残念です。
戦争と向き合う川野さん

ご存命でも悲惨な体験を語りたくない、目をつぶりたいという方も多いと思います。そんな中、戦争と真正面に向き合って考え、人々に伝えたいという熱意を持っている川野さんは本当に勇気のある方だと感じました。(2006年12月13日訪問)【麻理】
※当ブログは「日本珍スポット100景」ですが、珍スポットだけでなく真面目なスポットも数多くご紹介しています。この記事ではちゃかしたりする意図は全くなく、一人でも多くの方が訪れて下さることを願って丁寧に記事にしたつもりです。目を通して下さったあなたには言うまでもないことですが念のため。
「軍人」のスポットレポート
予科練とは何か?「予科練記念館 雄翔館」【茨城】
悲劇の行軍「八甲田山雪中行軍遭難資料館」【青森】
知多半島の兵馬俑「軍人墓地」【愛知】特攻をもっと知るための一冊
 | 特攻の島 1 (1) 佐藤 秀峰 芳文社 2006-04-24
特攻は「神風特攻隊」だけではない。川野さんにも人間魚雷「回天特攻隊」について伺ったが、唖然とするしかなかった。当時の若者たちがどんな気持ちだったのか知りたくて読んでみた。
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【予科練資料館】予科練資料館
住所 :大分県大分市上野が丘1-7-16 川野さん宅
電話 :097-543-1430
時間 :川野喜一さんがいらっしゃる時
入場料:100円
駐車場:なし
関連URL:予科練資料館
2007年02月10日
【注】上記の情報は、記事掲載後に変更されている場合があります。お出かけの際は必ず事前に該当のスポットにお問い合わせてご確認ください。現在の情報については当ブログ管理人はお答えすることができません。万が一上記の情報に基づく不利益が発生した場合も、当ブログでの責任は負いかねます。【
珍スポット観光の注意事項】
土浦の戦争資料館みたいなところと
感じが似ているようでびっくりでした。
私設でこんな資料館があるなんて知りませんでした。
特攻隊員の少年達の遺書は検閲があったのでしょうか。
麻理さんが書いていた様に「死にたくない」とは書けなかったのかもしれないですね。
私自身、亡くなった祖父にもっと戦争の話を聞いておけば
良かったと今でも後悔しています。
九州に行くなら必ずこの資料館に寄りたいと思います。
川野さんがずっと、ご壮健であります様に。
先日、「硫黄島からの手紙」を見ました。
今も、世界のどこかで紛争が起こっているんですよね・・・辛いです。
戦争なんて無意味な事、この世から無くなってしまえばいいのに。と、心から本気で願っています。
情報ありがとうございました! 土浦の自衛隊武器学校は時間があればまわってみたいです。戦車とかもあるんですよね。
たかはるさん
ぜひ若い人たちに行って欲しい場所ですね。できれば川野さんご本人から体験談を聴くことができたらより深く考えることができるのではと思います。今後もこのような施設があればぜひレポートしたいです。
とももさん
おっしゃる通り検閲があったんでしょうね。志気をくじくような内容の手紙は届かなかったかもしれません。
でも苦しみを吐露する内容の遺書よりも、こういった家族を気遣う遺書の方がこたえますね。なぜそこまで……と胸が苦しくなります。
今後もこの施設がずっと在り続けることを願っています。
ちゃっぷさん
「硫黄島からの手紙」もそんな内容なのでしょうか。こんな若者達が今も世界のどこかで死に向かっているのでしょうね。苦しいことです。
健康は病気になって初めてその有難さがわかるように、平和は戦争の悲惨さを心に刻んで守っていくものです。肉筆の手紙やノートの文字のうつくしさに目頭が熱くなりました。一昔の日本は誠実で潔いすばらしい若者たちを数多く失ったのですね。自殺を簡単にしてしまう今日の人たちにここを訪れて、今生きていることの幸せと命の大切さを考えてもらいたいものです。
ありがとうございます。
普通の住宅に日章旗が掲げてあったり、軍艦に模した盆栽があったりしているので、正直言って近寄り難い雰囲気の資料館ですが、皆さんにはぜひ訪問してほしいですね。
過去何回かお伺いさせていただいたことがありますが、私はいつも友人を連れて行きますね(通常珍スポットは一人で巡りますが・・・・・)。
以前広島市出身の友人と訪問した際、資料館見学後川野さんとご自宅の玄関先で3時間くらいお話をさせていただいたことがあります。
体験談を聞いていて思わずこちらの顔が神妙になったとき、川野さんが時折“ニコッ”とされるあの笑顔に辛い話の中、心が和みました。
他にも資料館のホームページに関するエピソードや、これから日本が進むべき方向性など川野さんのいろんなお考えなどもお聞かせいただき、あっという間に時間が経ちました。帰る頃には外は真っ暗になっていましたが、快くお見送りしていただきました。
一緒に行った友人も「今日はホントいい経験させてもらったよ」と言ってとても満足した様子でした。
私自身も訪れる度にいろいろと得るものが多く、私の戦争や現在の日本のあり方などの考えを深めてくれます。
この記事をきっかけで多くの方が訪れてくれることを心から期待しております。
あと一応、川野さんが不在でも資料館は見学できますが、できれば事前に連絡してから訪問することをお奨めします。
そう行って頂けると嬉しいです。面白おかしく伝えるだけでなく、時にはじっくり考えたい問題やぜひたくさんの方に訪れて欲しい場所を記事に書いていきたいです。
昔の若者は本当に字が美しいなあと驚きました。きっと予科練に志願して入学する少年・青年は真面目で熱心な人が多かったんでしょうね。そういう若者こそ生き残って日本を支えて欲しかったと無念でなりません。
ほいじんがさん
川野さんと実際にお話をされたことのあるほいじんがさんならではのコメントですね。あのやさしい笑顔にほっとするんです。私もこの記事では伝えきれないほどたくさんのお話をしてくださいました。
ネット時代になっていろんな情報をモニタ画面で得られるようになりました。でも実際にその土地に行って、人と会ってしか得られないこともあります。記事を読まれた方が「行ってみようかな」と思って下されば管理人冥利に尽きますね。
※ほいじんがさんのおっしゃる通り、見学される方はなるべく事前に問い合わせをした方が良いですよ〜☆
子供の頃に大人が話してくれた戦争の話には日本が良い悪いということよりとにかく大変だったということが多かったように記憶しています。(戦争に行った人から直接戦争の話を聞くってことはほとんどなかったし)
しかし今では戦争と言うと日本が悪かったという話だけがとりあげられることが多いように感じます。これは、戦争を経験した人が少なくなったことが大きく影響しているからではないでしょうか。
誰だって争うのはいやであるし、まして戦争に行くのを希望する人はいないと思います。「特攻隊」というと国のためというより、本当の気持ちは家族のために死んでいったのではないかみたいに結論を出す傾向があるように感じますが、「愛国心」というのも戦うために必要だったのではないでしょうか。(家族、恋人のように身近な人が一番大切だと思いますが)
私の想像ですが、戦争で戦い生き残った人たちの多くは、戦争が終ってそれまで自分たちが信じていたお国のために戦ってきたという「愛国心」が根底から間違えているものとされものすごいショックを受けたのではないでしょうか。それと同時に「なぜ、負けることが情報としてわかっている無謀な戦争で戦わなければならなかったのか」「なぜ、死ななくても良かったものが死ななければならなかったのか」ということがより意識として強く残っているのではないかと思います。
戦争はその後の日本人の「愛国心」という気持ちも変えてしまったように思います。
アメリカに行くと子供たちの部屋に国旗が飾られているのが普通ではないかと思います。アメリカ人が子供の頃から「国を愛す」という気持ちを自覚しているということに対して、戦後に生まれた日本人の私には自分たちの持っていないものを見せられたようで、ものすごくうらやましく感じます。
私には、川野さんは今では多くの人々が知らない、戦争と向き合った人たちの気持ちを伝えたいのではないかと思いました。
戦後の教育を受けた人は、脊髄反射的に「戦争=悪」以上! という考えになってしまっている気がします。もちろん戦争は悪いことには違いありませんが、その前になぜ戦争が起こったか、戦争とは何かを学ばねば反省も考察もできないのではないでしょうか。
戦争について語らない教育が行きすぎたのか、政府は国を愛する心を持てるように苦心しているようです。でもやっぱり歴史を知らないまま国を愛することは難しいですね。
愛国心に関するご意見に私も賛成です。敗戦によって日本人のアイデンティティは全く覆されてしまったと思います。ショックが大きすぎたために戦争をなかったことのように目をつぶってしまいたい気持ちもあったかもしれません。
川野さんの資料館は、まずは事実を見つめて自分の頭で戦争を考えてみることを学べる貴重な施設です。こういった方針の教育が一番反戦への思い、愛国心を育てると思います。
あそこは日本人なら行くべきだなと思いました。遺書を一通づつ眺め、朝から晩まで居ても時間が足りないほどでした。彼らは10代で戦地に行き、特攻隊で出撃していく胸中に去来したものは何だったろうか。
戦争はお金ばかりかかってむなしいものだなあと。。
そうですね。このような施設はできるだけたくさんの日本人に訪れて欲しいと思います。遺書を読むのはしんどいことですが、それでも目を通して欲しいです。いろんなことを考えさせられます。